院長ブログ

2020.07.25更新

ておくれ。 手遅れ、手後れ、とも書く。

若い人は、あまり知らないかもしれないが(そういう私も直接は知らない、昭和28年生まれで、終戦から7年後に生まれている)約80年前、日本はアメリカ合衆国と交戦中であった。太平洋上での交戦が主だったので、太平洋戦争(第2次世界大戦)とも呼ばれる。

後に、この太平洋戦争の勝負、ひいては日本の未来を決したと言われる、ある戦いがあった。それがミッドウエー(北太平洋,ハワイ諸島北西 2100kmに位置する)海戦である。 この海戦の数か月前に、東京が、初空襲を受けていた。迎撃(守備的戦法)をメインに考えていた軍部は、この東京空襲による世論の痛烈な批判にこたえる意味でも、攻撃的作戦が必要だったのである。そこで立案されたのが、ミッドウエー海戦である。日本はこの戦いのため、海軍精鋭部隊である空母4隻と航空機300機で戦いに挑んだが 続く・・・・・

 

ミッドウエー海戦までは、日本軍は連戦連勝であった。しかし、そこにスキがあったのかもしれない。アメリカ合衆国はその技術力を存分に生かし、日本軍の暗号解読に成功していたのである。つまり、日本軍の行動は筒抜けだったのである。日本軍はそれを知る由もない。そんな中、あのミッドウエー海戦が始まったのである。そして、突如として目の前にアメリカ合衆国艦隊が現れた。日本軍の空母艦載機は当初、ミッドウエー島を攻撃するための爆弾を搭載していた、そこに突然、敵艦隊である。敵空母からは、数多くの爆撃機が日本空母上空に飛来した。日本軍は慌てて、空母艦載機の爆弾を戦闘用爆弾に交換しなければならなくなった、が狭い甲板で大きな爆弾をそう簡単に交換出来はしない。甲板上には艦載機であふれていた。そんな中、敵航空機が上空から急降下爆撃を仕掛けてきたのである。船の上に火薬がいっぱいあり、そこに爆弾を落とされたものだから、空母はひとたまりもない、真っ二つに裂けた空母や、大火災をおこした空母もあり、結局日本軍は、全滅したのである。戦闘機の中にはあの名機零戦(ゼロ戦)も含まれていた。日本軍は空母4隻、航空機300機をすべて失うこととなった。帰る船がなくなった航空機も悲惨であり、燃料尽きて、海に沈んでいったのである。もう5分もあれば航空機の爆弾を交換出来、敵と戦うことができた。このたった5分が命運を分けた。大打撃を受けた日本はその後、悲惨な戦いを続けることとなったのである。たった5分である。私は、戦争を日本軍を美化しているのではない。たった5分でも、人生が変わりえるということを伝えたいのである。以上

投稿者: 迫田産婦人科