院長ブログ

2021.03.24更新

50年前の3月、私は左手に卒業証書を持ち、高校から家までとぼとぼと歩いていた。普段は、自転車で高校に通っていたが、最後の日でもあり、徒歩を選んだ。それは、高校時代の自分に鞭をうつ為。いや、ある種の懺悔の気持ちもあったためである。

私の高校生活は、一言で言えば、『中途半端』であった。不完全燃焼に尽きた。少なくとも、青春はそこにはなかった。大学の為の高校、と捉えすぎてしまっていた、ここに問題があった。今考えると、確かに大学合格は主たる目標であらねばならないが、それに固執するあまり、余裕を犠牲にしてしまった。人間、余裕が無ければいずれ破綻する。そう、まさしく破綻の高校3年である。  余裕無し→空回り→焦り→絶望→自暴自棄→現状逃避→不登校→孤立→愛の喪失→青春の破綻。負の連鎖である。一番大事な時期に学校に行かない、親は共働きであったため、そのことにしばらく気が付かなかった。担任からの手紙により初めてその事実を知った。だが、そのことで、私は親父の意外な一面を知ることとなる。

 

投稿者: 迫田産婦人科